INTERVIEW
事例インタビュー
「CellTune」で細胞培養の未来を切り拓く
summary
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2024年9月4日、島津製作所はEpistraと共同開発した培養最適化支援ソフト「CellTune」をリリースしました。
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共同開発を主導した島津製作所 細胞ビジネスユニット グループ長の鈴木崇氏は、研究者が日々直面する「データの山をどう活用するか」という課題に目を付けていました。
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Epistraの技術と出会った鈴木氏は、「これこそが研究者が求める次の一手だ」と直感し、即座にプロジェクトを立ち上げました。プロジェクトは開始から製品発売までをわずか2年で成し遂げるという他に類を見ないスピード感で進行。両社の技術力を結集することで、「液体クロマトグラフ質量分析計(LC/MS)が取得した培養上清液のデータを活用し、AIが最適な培養条件を導き出す」次世代型の培養最適化ソリューションを形にしました。
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今後、両社は「CellTuneのさらなる高機能化」と「トータルソリューションの提供」を通じて、バイオ産業における研究開発のスタンダードを革新し続けていきます。
2024年9月4日に島津製作所から、Epistraと共同開発した培養最適化支援ソフトウェア「CellTune」が発売されました。CellTuneは「液体クロマトグラフ質量分析計で培養上清液を分析したデータを基にAIが最適な細胞培養条件を選ぶ」という革新的なソフトウェアです。共同開発プロジェクトをリードした島津製作所 分析計測事業部 細胞ビジネスユニットグループ長の鈴木崇さまに共同開発の背景や分析機器とAIが作る細胞培養実験の未来についてお話を伺いました。
高度な分析技術で細胞ビジネスを切り拓く
— まず鈴木さんの部門やお仕事について教えてください。
私は、島津製作所の分析計測事業部で細胞ビジネスユニットという部門に所属しています。当社がヘルスケア領域に注力している中で、今後ますます重要になっていく細胞に着目し、「島津製作所の高度な分析計測技術を活用しながら、これからの細胞培養に必要となる技術と事業を生み出していく」という活動を行っています。
—なるほど、CellTuneの前提となっている「細胞培養プロファイリング」も、まさにそういった取り組みの一つですよね。
改めて細胞培養プロファイリングについて教えてください。
「細胞培養プロファイリング」は、島津製作所製の高速液体クロマトグラフ質量分析装置のメソッドパッケージです。培養上清を分析することで、その中に含まれるアミノ酸、ビタミン、ヌクレオシド、細胞からの分泌代謝物質など144成分をわずか20分ほどで測定できます。
また測定対象が培養上清成分ということで細胞を破壊したり、ダメージを与えたりしないことも大きな特徴です。
多くのデータが手に入る一方で、そのデータをどう活用したらいいかわからない
—培養上清中に含まれる成分がそのスピードでわかれば、細胞がどのような(代謝)状態にあるかをリアルタイムで把握でき、それを踏まえてユーザは効率的に次のアクションを決めることができますね。
はい。基本的にはその通りです。ただ多くのデータが手に入る一方で、本当に必要な情報を抽出し、次のアクションを決めるためには、バイオロジーの研究開発の流れを理解した上での、高度なデータ解析技術が必要になります。バイオ分野のユーザは、必ずしもデータ解析の専門家ではありませんから、そこにギャップがありました。
実際に「面白いデータは取れるけど、次はどうやったらいいのだろうか」というような声をたくさんいただきましたし、私自身もこの分野の研究開発を加速していくためには、単に高精度の分析計測手段を提供するだけでは十分ではなく、ユーザが真に必要なものをより直接的に提供するべきだと気づきました。
Epistraのソリューションと出会って
「まさにこれや!」と思った
そういった課題を抱えながら解決する手段が見つからずモヤモヤしていた状況が続いていましたが、偶然にもEpistraの小澤さんが技術紹介をする社内会議に参加し、内容を初めて聞いたときに、いま必要なのは「まさにこれだ」と直感しました。
…というのもユーザが一番やりたいことは、医薬品や有用物質の生産に向けて、高品質で生産性の高い細胞培養プロセスを構築することで、代謝成分の分析やデータ解析はその過程に過ぎません。
「細胞培養プロファイリング」に「Epistra Accelerate」を組み合わせれば、データから、重要な情報を抽出し、そこから優良な培養条件を求めるところまでを、一気通貫で行えて、ユーザにより大きな価値を提供できるようになると思いました。
あとで聞いてみると、小澤さんの方でも「細胞培養プロファイリング」を知ったうえで、弊社にアプローチしてくれていたようで、いま思えば相思相愛の仲でした。小澤さんとの打ち合わせに私が偶然参加したのも運命だったのかもしれません(笑)
(小澤) その通りです。AIが魚だとすると、データは水のようなもので、データがあってはじめてAIを生かすことができます。細胞の分析データから細胞の健康状態が推定できれば、より効率的に優良な培養条件を求めることができると考えて、ソリューションを探していたところ、「細胞培養プロファイリング」を見つけたという経緯でした。
私が自己紹介した後の、小澤さんの第一声が「ずっとお会いしたかったです」だったのを覚えています。
右:株式会社 島津製作所 鈴木崇 様
左:エピストラ株式会社 CEO 小澤陽介
これからのバイオ産業に必要な技術を
どこよりも早く提供したかった
—その後はどのように進んだのでしょうか?
「細胞培養プロファイリング」に「Epistra Accelerate」を組み合わせたソリューションによる培養条件検討の効率化は、これからのバイオ産業の研究開発に必ず必要な技術になると考えていました。そこで、どこよりも先に市場に投入したいと考え、2年でリリースするという目標を立てました(2022.2のプレスリリース)。
最初の1年で「本当にその組み合わせが期待した効果を出せるのか」を実証実験で検証して、次の1年で共同開発を行いました。
—条件(開発対象の複雑さや大企業とスタートアップの連携)を考えると、2年は短いと思うのですが、実証実験や共同開発は順調に進んだのでしょうか?
はい。もちろんいろいろな課題はありましたが、「どこよりも早く提供する」という共通の目標があったので、一つ一つ課題を協力して乗り越えていきました。また最初の1年でCellTuneのプロトタイプまで開発できましたので、後半の製品化では手戻りが少なかったと思います。
私達細胞ビジネスユニットは大企業の中では珍しく、スタートアップのようなマインドを持って仕事に取り組んでいます。Epistraのチームもスタートアップとして同じように熱意をお持ちで、波長が合っていたので、開発もスムーズに進んだ印象があります。
また多くの実績が示す通り、Epistraの皆さんは卓越した技術力に加えて、生物の専門知識もあり、さらにコミュニケーション能力も高い。通常の共同開発であるような問題(ミスコミュニケーションなど)が少なく、ソフトウェアの仕様などをスムーズに決定でき、結果として短期間でのソフトウェア開発につながりました。
—リリースして、ちょうど1ヶ月ほど経ちますが、反響はいかがでしょうか?
期待していた通り、多くの反響をいただいています。生物工学会のランチョンセミナーは受付開始直後の朝9時の時点で全チケットが売り切れるほどでした。
また驚いたのは、「細胞培養プロファイリング」を持っているお客様からの反応ですね。思っていた以上に前向きな反応が多く、実際にソリューションの購入に向けて具体的に検討していただいています。
CellTuneには業界を革新するポテンシャルがある
—興味を持っていただけている人も多いようですが、実際にCellTuneを使ってもらう上で期待していることはありますか。
まずは、できるだけ多くの方に実際に手に取っていただきたいです。
すでに島津製作所の高速液体クロマトグラフ質量分析計をお持ちの方には、ソフトウェアを入れるだけで使っていただけます。お持ちでない方でも、島津テクノリサーチで有償の受託サービスも行っておりますので、サンプルをお送りいただくだけで、分析結果をお伝えできます。
—最も期待している「CellTune」の効果とはどのようなものでしょうか?
実証実験を通して感じたことですが、「培養条件の最適化には、考慮しなければならない要素が多く、実験条件が複雑で膨大になる」という課題があります。「細胞培養プロファイリング」に最適化されたAIが搭載されていることで、適切なデータ取得法と適切なデータ分析で最適な細胞培養条件の探索を効率化できます。
「CellTune」を使うことで、人の手で分析して実験計画を立てるよりもAIで最適化した方が効率的であると感じてもらいたいです。
そのために、島津製作所とEpistraで「CellTune」の導入後もしっかりサポートさせていただきます。このような製品とサポートを通じて、AIを使った実験の最適化の効果を多くの人に体験してもらい、成功例を積み重ねていきたいと考えています。
AIとデータによって、新時代の実験に革命が起こる
—今後の展望についてもお聞かせください。
今後は「CellTuneのさらなる高機能化」と「トータルソリューションの提供」の2軸で進化を図っていきます。
「CellTuneの高機能化」は、現状の製品で満足せず、より良いものに進化させたいと考えています。具体的には、培地中の微量金属イオンの測定のように測定項目を増やすことや細胞形態の情報など別の情報を取得して統合することです。複数種類の測定データの統合によって、より正確で詳細な細胞の状態把握が可能になります。これにより、ユーザの細胞培養条件検討をさらに効率化し、物質生産量や品質の向上にも大きく貢献できます。
また「トータルソリューションの提供」では、「細胞培養プロファイリング」と「CellTune」で取得したデータをもとに、最適化された培地を提供するサービス(リカーリング事業)を2024年度中に立ち上げる予定です。将来的には、培地調製システムの開発や自律型実験システム(Autonomous Lab)で実験の計画、実行、結果を踏まえた最適化まで自動で一貫して行うといったお客様の負担を減らすトータルソリューション提供に向けて開発を進めていきたいと考えています。この技術が進化すれば、研究者が実験にかける時間と労力を大幅に削減し、研究開発を加速できるでしょう。
私たちは、これまで研究者が時間と労力をかけて行ってきた細胞培養の最適化プロセスを、AIとデータの力で根本から変革しようとしています。「CellTune」はほんの始まりに過ぎません。今後、研究者が持つ潜在的な可能性を解き放ち、細胞培養の未来を切り開くための力強いサポートツールを提供していきます。Epistraやグループ会社とも協力しながら、業界のスタンダードを革新し、研究のスピードを次のステージへと引き上げるため、これからも挑戦を続けていく所存です。
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